貧膨。 記。 2007年11月07日 仕事が殆ど身体を動かさない職種なので、気を抜くとすぐに運動不足に。でも働けばお腹は空く。ということで、多少太った。まあそれはいいとして。年齢の所為か。腹が。あああ。ということで、思い立ったときに腕立て伏せや腹筋運動などをするように。ところで今月の給料が軽く戦慄くくらい低くて吃驚したので当該月の勤務表を確認してみたら確かに吃驚するぐらい働いていないことが記録されていたので吃驚した。何してたんだ自分。休んでたのか。 PR
せわし 記。 2007年11月07日 というか、いろいろ容量を超えてて日記やら何やらに手が回らない状態、だったのだけれど、今日は体調を崩して早退したので少し何か書いてみようかと思ったり。っていうか、寝ればいいんですけどね。どうも微妙にチューニングが合っていないというか、歯車が噛み合わない感じ。寒くなってきたからか(そんな理由なのか)。
らぶりーもこちゃんどっとこむ 記。 2007年10月19日 ごく最近、いきなり某まぁやの人のことをものすごく可愛いと思うようになりました。たぶん新曲『LIAR LIAR』のPVが原因だとは思うんですが。今だから告白しますけど、つい先日までは例えばひりかさんが可愛い可愛い云ってるのを見てても「まあそんなもんなのかな」程度にしか感じていなかったのが、なんだか今は「うんうん、可愛いよねまぁや!」とかそのぐらいの変貌ぶりです。いや、アルバムとか買ってないし、そんなファンという訳ではないのですけれども。でも『LIAR LIAR』はいい感じです。好き、かも知れない。
檸檬パンプキン 記。 2007年10月14日 某シムーンの総作画監督の方のハロウィンカードを頂いたので一寸しあわせ気分。それはもう素晴らしい。でも。しかし。ネビちゃん……。シムーンはいいアニメなので皆観るといいです。
日暮らす。 記。 2007年09月18日 カケラを紡いだりドリルを回したり、その他の時間は概ね眠って過ごしています。連休中寝っ放し。なので身体が臭いです。ぎゃあ。薬飲む為に起きてきたのにグレンラガン観てたらすっかり忘れてました。うぎゃあ。L5発症しそうですよ。ぐぎゃぎゃ。
休み/髪/日記(ローカル) 記。 2007年09月08日 今週は休んでばっかりでした。サボりではないんですが。来週がんばろう。あ、でもなんかマシントラブルって云ってたなあ。来週僕の作業環境はあるんだろうか。まあ行けば何かしらやることはあるか。へたれないように。ということで、休みだったので髪を切ってきました。先月割と思い切ってチャラ男っぽい髪型(どんなだ)にしてみたので、今回は更に思い切って。こういうのはどんどん歯止めが利かなくなりますね。今度は横は刈り上げの黒髪で上が長めの金髪、ツーブロック左右非対称という感じです。惜しむらくは黒髪部分の長さが足りなくて横に一寸金髪が残ってる+刈り上げちゃったので丸い禿が見えちゃうこと。早く伸びるといいな横の毛。ほんとはもう少し待ってから切ればよかったんですが、明日お出掛けだし。なんかこないだから髪型が男の子みたいですよ。だから違和感あるのか!(そうなのか)最近ローカルで日記を(毎日じゃないけど)書いてるので、ウェブ上の日記に備忘録としての意味合いが無くなってきて、つまり自分の為の記録ならローカルで書けばいいじゃん、という当然といえば当然のことを今更実行するようになったので、それは僕にとってウェブに文章を晒す意味の半分ぐらいが消失することを意味していて、結果として折角ブログ形態で更新を楽にしようと試みたものの今後ともあまり更新頻度は上がらないことが予想されるのであんまり頻繁に見に来なくていいですよ、とか書くとその後立て続けに更新しちゃったりしがちなのが僕なのですけれども、こういう風に書くとやっぱり更新しないかも知れず、というか先のことなど判りはしないしまあ見に来る方がどういうかたちで見に来ようがそれは僕の与り知ることでもないか、と思ったりもするしお互い好き勝手にやるのが一番でしょう。でもやっぱりローカルで非公開前提の日記と曲がりなりにも公開された場に書き綴る言葉は違うものなのでその辺は今後も使い分けてはいくのでしょう、きっと。例えばローカルで上みたいなやたら長い1文は書かないし。
安全剃刀の安全性について 記。 2007年08月31日 臑毛を剃っていたら一寸した力加減の狂いで臑の皮まで剃れた。安全じゃないじゃん。と思ったけれど、刃が剥き出しの剃刀ならあの程度では済まなかったと思えば、安全剃刀という名前もまあそれなりに正しいのか、と思い直し。でも剃った毛と一緒に削れた皮膚がするする出てきた時には流石に多少しょんぼりした気持ちになったりもして。靴下で隠れるから問題無いといえば無いのだけれど。ちぇー。
展示終了。 記。 2007年08月29日 どうにか無事終了致しました。来て下さった方、特に僕の作品を観て下さった方には感謝。展示やそれにまつわる諸々を通じて、自分には当たり前に見えているものが、他人には見えていなかったりする(当然逆もあり)、ということを改めて実感。感覚は共有できない、というのは当然の大前提な訳だけれども、その前段階として、そもそも『理解』されていない(予想以上に)というところで少し考え込んだりしています。自分としてはもう身も蓋も無いぐらいに判り易いものを提示しているつもりだったのだけれど。(あー、文章はね、多少解り難く書いてる自覚はあります。それはわざと。でも想定しているより「解られてない」らしいとも最近気付いてきました)ということで、さて「伝える」にはどうしたらいい? というか、それでも「伝えよう」とするのか?一寸悩んでみたりも。