音響問題 記。 2008年01月29日 『いつかのひかり』のアレンジ及びミックスは、PC環境(ソフトはiTunes、ハードはセールで買ったYAMAHAの5.1ch音響システムを接続)で聴く分にはほぼ僕の好みで鳴ってくれるのだが、寝室のラヂカセで聴くと電子音のSEやリズム部分が一寸きつく響いて耳障り。再生環境を選ばずにいい音を鳴らすのがミックスの腕、もしくは金の使いどころなんだとは思うのだけれども、で、そういう意味ではこのCDの音質というのは多少難ありとの謗りを免れ得ないのかな、とも思うのだけれども、でもPCの方のスピーカで聴いてる分には少なくとも僕には無問題な訳で、まあ予算とかそういう方向で考えちゃうと本質を見失うんだけれども、要するに寝る時に聴いてると一寸残念、という話。いや、曲も歌も歌詞も好きなんですよ?そして落ちとかは無いですいつも通り。追記:昨日ふとラヂカセのグラフィックイコライザを見てみたらやたらに高音域強調されてて他が弱くなってました。そりゃ耳障りな音にもなるわ。調整し直したら割といい感じで鳴るようになりました。ということで、上記のミックスに関する批判は撤回します。……なんであんな設定にしてたんだろう。というかもっと早く気付け自分。あと、ドラマCDがサラウンドになっているのだけれど、スピーカの位置が微妙にずれててサラウンドを堪能し切れず。早く片付けてスピーカ設置し直そう。
いつかのひかりはうたかたのゆめ 記。 2008年01月28日 ゲーム『アカイイト』の関連商品として、イメージソング『いつかのひかり』とドラマCD『京洛降魔』を購入。正確には去年予約していたものが到着。正直、SUCCESSへのお布施という意味合いもあったのだけれど、そう悪い買い物ではなかったかと。『いつかのひかり』は試聴したときの印象よりも良かったし、カップリングの『泡沫』も悪くはない。『泡沫』は元がおそろしく良いだけに(どちらの曲も元はゲームのBGMとして使われているもの)、比較するとアレンジ等に不満が無いこともないけれど、それはそれでいい曲だし。そして『京洛降魔』が思いの外(という云い方も失礼だが)良かった。『アカイイト』はそもそもシナリオに力のあるゲームなので、考えてみたらドラマも悪い出来にはならないのは当然か。各キャラクタの配置も上手い具合だったし、ゲームのファンには嬉しい品だと思う(ゲームをクリアしていない人が聴いても面白くない、というのはこういった作品に於いては仕方ない部分だろう)。アクションシーンがどうしても弱いのは媒体の性質もあるし、ライターの資質もあるかな、と思うが、他で十二分に補えていると思うので無問題。で、あとはサウンドトラックを買えば概ね揃うかな、というところ。『泡沫』のオリジナルヴァージョンが聴きたいし。BGMもいい。というのは良質な百合作品の条件だったりするのだろうか。でもそういえば今はiPod miniの電池が切れているのだった。外で聴けない。そして『花帰葬』はまだ手付かず。欲しいものやToDoのリストは伸びていくばかり。
スカスカの実 記。 2008年01月20日 かなり幅の広いワイドパンツ(丈の長いキュロットのような感じ)を穿いて出掛けたら、友達の女子に「これスカートじゃないんですか?」と云われたり、実際にめくられたり(!)した。で、一寸「スカートも穿いてみたいかなー」などという気持ちが出てきたりしているのは内緒。以前からワンピースなどは時々気になるものを見掛けたりもしているし。因みに、云う迄も無いとは思うが、年甲斐などというものは捨て去って久しい。
エレクトロワールドの非-偶像 種 2008年01月20日 僕がPerfumeに求めていたものの殆どは、初音ミク(に限らずヴォーカロイドもの全般といってもいいのだけれど、現時点では質量共にミクが圧倒的である、というか、『設定』とか『性質』として、「そっちの方向」はミクが向いているんだよな)を用いた作品によって、それこそ「より純粋な形で」供給されていることに気付いた。荒廃? そうかもね。
年末に買ったマントと同じものがバーゲンに出ていました。 記。 2008年01月18日 曖昧な記憶を辿ってみると喫煙の習慣を辞めてもう3年目ぐらいにはなろうかというこの頃、時折無性に煙草を喫いたくなることがあり、先日は遂に意を決してというか意思が折れてというか帰りの夜道自動販売機の前で財布を取り出すところまでいったのだけれどちょうど見事に小銭も千円札も切らしておりへなへなと脱力して結局禁煙は現時点で続行中です。直前にコンヴィニエンスストアで菓子など買ってしまった自分ナイス。さて次回耐え切れなくなるのはいつでしょうね。あ、寒中お見舞い申し上げます。日本では死亡率の高い季節ですよね(主観)。皆様におかれましてはご自愛下さいませ。
「カミサマは乗り越えられない試練は与えないんだよ」 種 2007年12月05日 完全に正しい言説というやつ。だって「乗り越えられなかった」ものについては『試練』とは呼ばないんでしょう? 結果論で「乗り越えられた」ものだけ選んで「試練でした」って、それは正しいけど、何も意味を感じないや。降り注ぐミサイルとか、突然地震で生き埋め(若しくは即死)とか、車道から突然飛来する車のホイールとか、通学路で出会う、一見温厚そうな殺人者だとか、そういうのは『試練』にはカウントしないんだもんねえ?とは云いつつ。「もう駄目。つらい。死にたい。死ぬ」とか思ってるうちはまだ割に余裕があるってのも知ってます。この程度なら『試練』レヴェルかも知れないね。